7/13、弟が事故に遭った。
高速を時速110キロで走行中、中央分離帯に激突。
車は大破。
弟は「死ぬと思った」そうだが、奇跡的に助かった。
良かった!
 
一報を聞いた時、「亡祖父が守ってくれた!」と思ったの
だけど、そう思ったのは私だけじゃないらしく、両親も、
近々、祖父のお墓にお礼を言いに行くと言っている。



3年前、私が会社からの帰宅途上、拉致・強姦未遂に
遭った時も私はよく分からない理由で助かった。
警察にも何度も、なぜ助かったのか、聞かれたのだけど、
よく分からない。
突如、犯人がひるんだので、その隙に逃げて隠れたんだけど、
なぜ犯人がひるんだのか、その理由が当時も今も分からないの。
結局犯人が捕まってないので、真相は藪の中。
でも私と家族は、祖父が守ってくれたんだろうと信じてる。

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ちょうど私が幼稚園~小学校の低学年だった頃、
私の父は、人生最大の賭けの真っ最中で忙しく、
母は、ちょうど弟が生まれたばかりで手が離せなかった。
このため、私と遊んでくれるのは、いつも同居の祖父だった。

祖父は、材木屋だったので、私の遊び場は、材木倉庫。
おっきなトラックに乗っけてもらって仕入れに連れて行って
もらったり、出入りの土建屋のおっちゃん達に遊んでもらったり、
とにかく、めちゃくちゃ可愛がってもらった。

高校生になった私が、留学したい!と言い出した時も
「材木の仕入れも今は海外からが殆どや。cheeriotには
 将来、カナダ行って材木仕入れてもらわんとな!」
と言って資金を出してくれたのは祖父だった。
そう言いながら、祖父は、しかし、私の留学中に店を畳んだ。
材木は当時既に斜陽産業であり、店を開ければ開けるほど
赤字が増えたからだ。

私が帰国した時、祖父はもう私が誰か分からなかった。
原因は、急激に進んだアルツハイマー。
私の家族は、皆、私のためにずっとそれを隠し続けてくれていた。

祖父は2年後、静かに他界した。

親族の中には、今でも、「あの時cheeriotが日本にいたら
祖父の病気の進行が遅れていただろう」と言う人がいる。
私もそうだと思う。だから私がそれを忘れることはない。

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弟の事故から2週間。
母によると、これまでに同様の事故が他に3件あったが、
3件とも、運転されてた方は亡くなられたそうだ。
弟が乗ってたのは、彼が勤務する会社の営業車であり、
ベンツのような、頑丈なものではない。
にも関わらず、彼が無傷で済んだのは、誰が何と言おうとも
祖父のおかげに違いないと私は思ってる。

今日は祖父の誕生日。
生きてたら、86歳になる。
大人になって、もっと色々な話をしたい人だった。
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by cheeriot | 2006-07-27 16:00 | DAILY LIFE
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