別れの時
祖父の通夜、葬儀・告別式では私も初めて会う親族に沢山会い、ちょうど良い機会なので祖父方の家系図を作った。
祖父は南相馬の生まれなので、祖父方の親族には311で被災した方が多く(浪江町など)、本当に色々な話を伺った。
その話はちょっとここでは書けないので、もう一つの話題だった昔のことを書くと、昭和42年頃までは東北では農家は当たり前のように養蚕をしていたのだそうだ。農家はどうしても収穫まで現金収入がないので、1ヶ月位で繭を作ってくれる蚕が欠かせなかったらしい。特に春の繭は高く売れたので、田植えに忙しい時でも必ず沢山飼っていた。蚕が桑の葉をカリカリ食べる音は結構うるさかったそうだが、「繭を作る前の蚕は透き通るようで、何度見ても本当に美しいと思った」らしく、その場にいた高齢者は皆、頷いていた。
1つの繭から20gぐらいの生糸が取れるのが一般的だったが、専門にやる人は50gぐらい取っていたそうで、祖父の長姉の家でも養蚕室を家の2階に設けていた、といった昔話で皆、盛り上がっていた。

祖父は91歳で、病院での大往生だった。
遺体も綺麗にしてもらえ(湯棺をしていただいた)、骨も年を考えると信じられないくらい綺麗に残っていた。
これは311を経験した方々にとってはとてもラッキーなことであり、一連の儀式があまり湿っぽいものにならなかったのが印象的だった。
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by cheeriot | 2012-12-13 23:58 | FAMILY
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