祖父、逝く
朝の診断で、午後イチに祖父の口から喉に通している気管を抜くことになった。
気管とは気道を確保するためのもので、それが入っていると息をしやすいのだが、入れてる間中、胸に入った先端バルーンにより他の器官が圧迫され続けるほか、多かれ少なかれ炎症が発生し、万が一その菌が肺にいった場合、病状が悪化するというデメリットがあるため、最長でも1週間ぐらいしか入れておけないものらしい。
が、抜くと、気道の確保が出来なくなり、息が出来なくなる可能性や、舌が詰まって窒息死する危険性があるので、抜き時が難しいのだそうだ。
このため、抜いた後に自力で呼吸が出来なくなった場合に、再度、気管を通すかどうかを決めるよう家族は事前に求められる。
気管を抜いた後どうなるかは患者の生きる力次第で、うまくいくと声を聞ける可能性もあるのだそうだ。いずれにしても今日の午後から夜にかけてがヤマとなる。

午後になり、しかし予定通りにコトは進まなかった。
看護婦さん達が手を尽くしてくれたにも関わらず熱は下がらず、祖父の心臓は弱まりつつあった。気管を抜くなんてことが出来る状況でないことは、素人目にも分かる。
血圧の上が60を切り、尿が出なくなると良くない傾向だそうなのだが、祖父は頑張り、一進一退を繰り返した。気力というものがまだ残っているのかどうかは正直、分からなかったが、少なくとも体力はとてもあったのだと思う。

この状態がどれだけ続くか分からず、また、私も明日の夜には一旦、東京へ帰る必要がある(たまたま今週は火曜日に代休を貰っていたので、急遽今日(月曜)も休みを貰って仙台に居続けることが出来ている)ので、明日以降の看護を担う叔父や母に体力を維持してもらうべく、今晩も私が病院に泊まることになった。

翌12日に入り、夜中1時過ぎの診察の際、主治医の先生は「これだけ点滴を打って水分を補給しているのに尿が出てないということは、身体の他の器官に水分が逃げているということだ。瞼が閉じたのも、閉じたというよりはむくんでいるからだと思う。覚悟してほしい。朝を迎えることは出来ないかもしれない」と言った。苦しむことはないと思う、との言葉にそうあってほしいと思った。
母達に先生の言葉をメールしたら、まだ起きていた祖母や母、叔母達が飛んで来た(病院は祖父母の家から近い)。

夜中3時の診察の時、先生が「もってあと数時間なので、効いていない点滴を外して、顔のむくみを防いであげる方が良いかもしれない」と助言をくれ(医師に出来ることはもうない、ということだ)、私たちもそれに同意し、点滴が外された。

それは不思議な時間だった。
今まさに逝かんとする祖父を大の大人が7人で囲み、「その時」が来るのを待っている。
皆、だいぶ疲れてフラフラな中、それでも祖父を見送ろうという気力だけでその場にいる感じといえば伝わるだろうか。

そんな私達を横目に、祖父の呼吸はどんどん浅くなり、血圧は低くなっていった。
先生が「いよいよです。皆さん、そばにいてあげてください」と言って去った5分後の8時29分、祖父は眠るように息を引き取った。それはすぐ目の前にいる私達ですら、よく分からなかったほど静かな最期だった。
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by cheeriot | 2012-12-11 08:29 | FAMILY
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